世の中に、心無き人はあるまじきものなれば、心あらん人の心のたけを思ひやれる、色もかはらぬ春の光ながら、世の習ひとはなにやらで、なほうき世にぞあらぬと思ひなすらんや。須磨と書かれし海の浜辺に、吹き寄する浪の音に、さめざめと涙ぞ流るる。
それより遠く風のいたづらに移りし心も、わざとらしく聞こゆることあり。常磐木の陰にかかる、梢のさやぐがごとく、物思ひを深くなるほどは、言葉に出でてはならぬわざなりけり。ましてや、かの人の御心にかなはで、夜ごとにうしろめたきを思ひこそあれ。
かくてはと慰めんとも、物は言ひ難し。月のいとあはれなるころ、障子のはるかに、かの君の姿を見しより、我が身の名残をなほ思ひ出づること、いかばかりぞはしたなきことならん。心ばへのあるべき人、優れて忍びがたく、嘆くにまさるものいと多し。
春の花は散りやすく、秋の霞はほどなく晴れ行くといへども、人の心はそれにもかはらねば、絶えず移ろひやすきものなり。ましてや、世の習ひに随ひて、かの人の位を思ひて、言ひもしらで、涙をそそぐこと、かくばかりは、いかがはせむ。
これを見れば、人の世にいかにかくてのことわりありやと、知らぬ心地して、物の思ひ落ちず。さるにて、昨夜の夢にも、かの君の影さへいみじうなつかしく見えしかば、朝ごとに目をさまし、袖をぬらすに、心のうちぞあはれなりける。