源氏物語 若紫(巻第五)

紫式部

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いとうつくしう迷ひたまふを見て、心づきなき御夫めづらかにも思はせ給ひて、かくやはありけむとおぼえて、いとおぼえず、世の中のをのこにあらざらむとおはしませど、あやしうおぼえ給へるを、いかがはせんと人々思ふに、かくのごとくよろづの言にまどはされて、いとあさましきことなり。

例の御かたちのめでたさ、めづらしきもの、うるはしきことども、いとどをかしうて、他の君におはしませばおとなしき人にもてなし給へる心地して、めでたくめでたく、いとど悲しきものにおぼえて、口惜しうて、いまだかつて見し事のなき様にてありけり。

さてこの君、深き夜の空に、まるき明かりをば、うちのぞきて、人のいとめづらかにてめでたきことなど嘆き給ひけるを、思ほしのべておはしますに、いとあはれに覚え給ひて、心ざし深く、いまはと人々のかしこまり給ふらむことを、ひかへてよろこび給ひけり。

それより後、春のいとめでたき日、御かたびらのうち着て、ちりばめたるかざりなど、なつかしくおぼえて、かへすがへす涙を流しておはしける。人の聞きたるを、いといたうて、うち忍びて、めぐり合はす心地して、うつくしきわざとおぼえて、世の中のあはれなることをおぼしめして、かりそめにもあはれましき女のえならぬ心地したまひけり。

あるひは夜毎に、琴の音のあはれなるを、なつかしう聞き給ひて、物語のよし言ひて、めでたくおはしますと見れば、心づきなくうつくしきものにおぼしめして、かの女を見むといはんよりも、まずは心やすく、かへりみ給へるを、いと悲しきものにて、つねよりの琴の音にも、いと心さむく思ひ給ひけり。

かくてかの君は、日ごろの御心ざしにて、うち嘆き給ひて、かの女の年ごろやうやう思ひつくして、折々に便りありけるを、人々やうやうに聞き給へど、いといたう見苦しくも思はず、かへりていとあはれにおぼしめしけり。

またこの女、心のうちより人に心を寄せて、つつしみ居りしかど、いとめでたく、女房どもの中にかかりてさへ世にもなくをかしう、いとをかしきさまにて、われかくのごとくと人々に思はれて、物語せられけり。

さて、世の中にいとすぐれてめでたき人のありしを、いかでかこの君をば、かく忘れ給はむと心ざしやうしなへりけむ。嘆くべきことなれば、あはれにやみて、人の見給へらるるに、いといたううしろめたくて、いま一度会はむとおぼえ給ひて、かの女を引き寄せて、いとをかしと思し召しけることなり。